2011年4月10日日曜日

チェレンコフ光

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● ニュース画面


 確かNHKニュースだと思うが、上の画像のニュースをやっていた。
 強い余震が起きた時で、アナウンサーは
 「発電所あたりで何かあったのかもしれません」
といったようなことを言っていた。
 でもあとでのニュースだと、そういうことはなかったようである。
 ならば、一体この光はなんだったのかという疑問が起こってきている。
 さらに、面白いのは、このニュースが削除されているということである。


ガジェット通信 2011.04.08 07:30:03
http://getnews.jp/archives/109781

昨晩の強い余震と同時に発生した謎の発光? ライブカメラにうつったその青い光とは
地震発生時に謎の青い光が

 4月7日の23時40分頃に起きた地震の際に、仙台市北部にて青い光が発光するのをライブカメラが捉えた。
 その謎の青い光は1度ではなく何回か発光しており数キロも離れているであろうライブカメラの場所まで光が届いている。
 謎の青い光が何回か発光したあとに仙台市の街が真っ暗になる様子も映されており、変電所のショートではないかと言われている(現時点で確かなソースはない)。

 ライブカメラの場所から光った場所を特定する者まで現れ、光った場所が変電所だと確認する者がいる。

 では何故みんなは「青い光」に拘るのか? 
 かつて臨界事故が起きた際に作業員が「青白い光を見た」と証言した、という話があるが、どうもそのことがみんなの頭の中にあるらしい。
 原子力発電所の用語に“チェレンコフ光” と呼ばれる物がある。
 これは荷電粒子の速度が光速度よりも速い場合に光が出る現象“チェレンコフ放射”にて生じる光だそうだ。
 ここで誤解してはいけないのが「チェレンコフ光=臨界事故」という誤解だ。
 “あいは、正常通常運転中も確認することができるものなのだとか。
 また臨界事故時に作業員が見たという「青い光」とこの“チェレンコフ光”は別の現象だという確認が取れている。

 今回の青い光が臨界事故によるものではないのかというナーバスな発言もネットで見受けられた。
 この謎の発光に関して、公式には何の発表もないのだが、こんな時だからこそ、それが何なのか理由を知りたい。
 これは推測だが、向きや距離を考えれば変電所が発光したあたりにあるので(そちらには原子力発電所はありません)、やはりそこに強い光の理由があるのかもしれない。




 ニュース関係のビデオは時期が過ぎるとどんどん消されていく。
 内容が不備のものは新聞社が消してしまう。
 著作権のクレームでも消されてしまう。


● こんな具合

 よって、ニュース関係のビデオは保存が保証されていないといっていい。
 そこで、後日のために個人用にデータベースを作っているときは、出来る限りカメラにとっておくようにしている。


 ところで、この原発から出ると言われている青い光線「チェレンコフ光」とはなんなのか。
 Wikipediaで検索してみた。

 チェレンコフ放射(チェレンコフほうしゃ、Čerenkov radiation、Cherenkov radiation)とは、荷電粒子が物質中を運動する時、荷電粒子の速度がその物質中の光速度よりも速い場合に光が出る現象。
 チェレンコフ効果ともいう。
 このとき出る光をチェレンコフ光、または、チェレンコフ放射光と言う。

 この現象は、1934年にパーヴェル・チェレンコフにより発見され、チェレンコフ放射と名付けられた。
 その後、イリヤ・フランクとイゴール・タムにより、その発生原理が解明された。
 これらの功績により、この3名は1958年のノーベル物理学賞を受けた。

 相対論は真空中の光速がどんな場合にも一定(c)であることを仮定しているが、物質中を伝播する光の速度は、cよりもかなり遅くなることがある。
 たとえば、水中の伝播速度は0.75cにすぎない。
 粒子は、核反応や粒子加速器などによって加速され、この速度を超えることが可能である。
 チェレンコフ放射は、荷電粒子——たいていは電子である——が(絶縁された)誘電体を、光よりも速い速度で通過するときに放射される。

 チェレンコフ放射は、しばしば飛行機や弾丸が超音速で移動するときに発生するソニックブームに喩えられる。
 超音速の物体によって発生する音波は、十分な速度がないため、物体自身から離れることができない。
 そのため音波は蓄積され、衝撃波面が形成される。
 同じようにして、荷電粒子も絶縁体を通過するときに、光子の衝撃波を生成することができる。

 チェレンコフ光の例としては、原子力発電所の燃料が入ったプールの中で見える青白い光がある。
 東海村JCO臨界事故やチェルノブイリ原発事故で「青白い光を見た」と作業員が言ったので、臨界事故の確認がとれた。
  なお、東海村JCO臨界事故で見えた光がチェレンコフ光であったか別現象であったかについては、臨界事故の記事に考察がある。


● アメリカ/アイダホ国立研究所内にある新型実験炉で観測されたチェレンコフ放射の例


 つまり、光の速度は超えられない、というのは条件次第ということになる。
 何かが、光の速度を超えると、この光を発するということらしい。



== 東日本大震災 == 



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最大電力需要の推移をグラフ化

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●  東京電力の月単位最大電力需要(万kW、最大需要時)(2008年~)


 
 「Garbagenews.com」というサイトに電力量の推移をグラフ化したものが載っていました。
 分かりやすく説明されており参考になりましたので、勝手ながらコピーさせてもらいました。


Garbagenews.com 2011年04月03日19:30
http://www.garbagenews.net/archives/1725636.html

東京電力管轄内の最大電力需要の推移をグラフ化してみる

先に
 【東京電力、現在の電力使用状況グラフを公開】や
 【東電、今夏の電力需給予想を発表・ピーク時で5500万kWの需要に対し供給は4650万kW】
でも説明しているように、先の東日本大地震によって東京電力・東北電力管轄内の発電所は大きな被害を受け、電力供給力の回復がままならない状況にある。
 特に東京電力管轄内は福島第一原発周りの事態が収束に向かう気配を見せず、非常に流動的な状態といえる。
 電力の供給不足から、需要ピーク時に一定区域内を停電させる「計画停電(輪番停電)」で事を凌いでいる次第だが、季節が春めいてきたことで暖房機器の電力使用量が減少したことや、企業などの節電対策により、ここ数日はどうにか計画停電そのものが実行されずに済んでいる。
 しかし夏になると冷房により再び電力需要は増え、供給力の回復が間に合わず、計画停電が再度行われるとの懸念がある。
 そこで今回は、東京電力管轄内における月単位の最大電力需要の推移を調べ、今後の動向を推し量る材料を創ることにした。

 概要的なデータならば、例えば
 【でんきの情報広場内情報ライブラリー】にある
 【FEPC INFOBASE 2010(PDF)】などで取得は可能。
 しかし概算的なものでしかなく、また東電だけのデータは見当たらない。

 そこで、【電力統計情報】内からデータを抽出し、独自にグラフを創りなおすことにした。
 具体的には「III 需要」から「最大電力」の項目を選び、「最大発生日時」「総合計」を選択。
 そしてそのままさらに「VI 電灯電力需要実績月報」から「用途別使用電力量」を選んで、「使用電力量」を選択。
 その上で「東京(電力)」「2000年」~「2011年」の期間選択を行い、データを抽出する。
 記載されている数字は各月毎の最大電力需要時における需要電力(単位はMW)なので、東電が現在提供している使用状況グラフの単位である万kWに合わせるよう換算する。

 記事執筆時点で2011年1月分までデータが用意されているので、2000年1月以降における、東京電力管轄内での月単位最大電力需要の推移を示したのが次のグラフ。


● 東京電力の月単位最大電力需要(万kW、最大需要時)

 過去10年間ほどにおいては、2001年のやや減退する時期をのぞけば、大体各月のピークは4000万kW~6000万kWで安定していることが分かる。

 しかしこれでは正直分かりにくい。
 そこで過去3年間+今年の1月分(※今後付けたしていく可能性を考慮したもの)に絞り、年単位で折れ線グラフを別個用意し、重ねたものが次の図。
 矢印は現在用意されている最新のデータ、2011年1月におけるピーク時のものだ。


●  東京電力の月単位最大電力需要(万kW、最大需要時)(2008年~)

 各年・各月の気温などの各種条件により電力需要は変化するが、
 大体7月~8月がピークになる
ことが分かる。
 4月~5月は比較的少ない
が、これは冷房も暖房も使わないため。
 また、仮に去年と同じ電力需要だとしたら、6月には早くも本格的な計画停電による供給制限を行う必要が生じてくるのも分かる。

 「現時点の電力は昨年までとは随分事情が異なるけど、夏はどうなるのだろうか
 という疑問が沸いてくる。
 そこで、毎年の「3月のピーク時における最大需要電力」と「最高月(=その年最高)のピーク時における最大需要電力」を比較し、どれだけ年間ピークと3月のピークに差があるのかを計算したのが次のグラフ。
 2001年がやや特異値となっているが、それ以外はほぼ1割強~3割の範囲に留まっている。


● 東京電力の各年における、月単位最大電力需要の差異(3月と、その年の最大需要月)

 このままの利用状態が続けば、3月の(地震発生後における)最大需要電力3730万kW(※概算)の3割増しで4850万kW、現時点で電力未達地帯の復旧分なども合わせて考えれば、
 東京電力の試算5500万kWが妥当な線
であることが分かる。
 そして現時点で東京電力が試算している、
 7月末までに回復しうる電力供給量は4650万kW
 単純計算で850万kWもの不足となる。


 ちなみに「電力需要”量”」から概算すると、
 大体1/3が民間住宅向け
 2/3が商業・工業などの業務向け
となる。
 経済復興のためにも極力商工業への負担を避けることを考慮すれば、1/3の民間住宅向け部分での惜しみない協力が必要。
 去年の夏のような猛暑が来ないことを切に願いたいところだ。

 そして恐らくは、このまま現時点での試算以上に需給の改善が見られなければ、
 今年の夏は連続しての計画停電が行われることになるだろう。






[◆ 追補版:2011年04月11日]


Garbagenews.com 2011年04月11日12:00  
http://www.garbagenews.net/archives/1732794.html

 先に【東京電力管轄内の最大電力需要の推移をグラフ化してみる】で東京電力管轄内の最大電力需要の推移をグラフ化すると共に、その分析を行ったところ、いくつかの意見をいただくことができた。
 また当方側でも「追加した方が良いだろう」というものもあり、今後夏に向けて検証データを積み上げておくべきだとの判断から、今回追補版としていくつかのグラフを生成・再構築することにした。

 東京電力管轄内の最大電力需要に関するデータの取得方法は、前回の記事と変わらない。
 現時点ではデータの更新はされておらず、最新のものは 2011年1月分。
 需要推移のグラフは、今年2011年の分を継ぎ足して(きりの良い)計5年分となるよう、過去のものは2007年から反映させることにした。



●  東京電力の月単位最大電力需要(万kW、最大需要時)(2007年~)

 【東電、計画停電は6月3日まで「原則不実施」】でも伝えたが、6月3日までは原則的に計画停電は不実施に相成った。
 それ以降の電力需給がひっ迫する期間においては、計画停電では無く電気事業法第27条の活用をはじめ、あらかじめ各需要帯が節電を行う事で対応する(させる)予定。
 その観点では、いわゆる「エコポイント」制度の導入による省電力家電の普及促進は、(このような事態に陥るとまでの想定はなかったものの)先見の明があったと評せざるを得ない。

 続いて東京都における平均気温と電力需要の推移を合わせたグラフを生成する。
 平均気温は以前定点観測を行っていた日照時間(【ひとまず定点観測終了・日照時間をグラフ化してみる(2010年11月分)】など)のデータ取得元でもあった、【気象庁の気象統計情報のコーナー】。
 ここから該当する年の平均気温を順次取得し、最大電力需要と合わせていく。
 月単位の動きとの連動性が分かりやすいよう、年単位で生成したのが次のグラフ群。
 今年2011年はまだ1月分しかデータが無いので、グラフは作成しない。
 また、冬季においては平均温度が低い方が、最大電力需要が大きくなるのが理屈であることにも注意してほしい。


● 東京電力の月単位最大電力需要と東京の月次平均気温(2007年)


● 東京電力の月単位最大電力需要と東京の月次平均気温(2008年)


● 東京電力の月単位最大電力需要と東京の月次平均気温(2009年)


● 東京電力の月単位最大電力需要と東京の月次平均気温(2010年)

 記録上、2007年は7月が冷夏、2009年は8月が冷夏となっている。
 特に2009年の冷夏は、夏季の最大電力需要が低めに抑えられている(最初の5年分グラフにおける緑色の線)ことで確認できる。
 一方で猛暑どころか豪暑とまで言われた去年2010年における最大電力需要が、7月から8月にかけてはむしろ2008年より低めに抑えられているのは、経済の停滞(大口電力の減退効果が大きい)と省エネ家電などによるものと考えて良いだろう。
 もっとも2010 年は残暑が9月まで続き、8月とほぼ変わらない高い水準にあるのも特徴的な動きなのだか。

●2001年の特異値

もう一つ補完しておくべき話として、2001年の特異値の問題がある。


● 東京電力の月単位最大電力需要(万kW、最大需要時)

 厳密には2000年後半から2001年前半において、閑散期の値が異様に低いものとなっている。
 これについては幾つかの要因が合わさったものと思われる。
 すなわち、

不景気の時期でもあり、大口電力の消費が減退している
気温が前年に比べて高めに推移したことによる暖房需要の減少
 (【2001年4月分 電力需要実績(確報)】より)
2000年3月から導入された、大口需要家に対する小売り自由化の影響

などを起因とするようだ(「最大電力需要」であり、「電力需要量」ではないことに注意)。


 【気象庁の長期予報】を見る限りでは、平年より高い気温になる可能性が高いとの予報が出ている。
 2010年レベルの暑さになるかまでは見当もつかないが、暑さによる電力需要の高まりは十分に想定しておくべきだろう。


 また、同じサイトに自動販売機の夏場対策がありました。
 これもニュース性があります。




Garbagenews.com 2011年04月11日19:30
http://www.garbagenews.net/archives/1732947.html

「自販機はすでに電力ピーク時に9割電力カットの対策済み
日本自動販売機工業会発表

  日本自動販売機工業会は2011年4月11日までに、全国の缶・PET(ペットボトル)清涼飲料自動販売機がすべて「ピークカット機能付き」の自動販売機「エコベンダー」化していることを発表した。
 夏季の電力需要ピーク時に冷却運転をストップする仕組みで、いわゆる
 「電力消費シフト」機能

を備えているもの。
 この機能によりピーク時の使用電力は「1台あたり17W」に過ぎないとのことである(【発表リリース、PDF】)。

 「エコベンダー」とは1995年から電力会社と共同で開発普及させてきた、自動販売機の冷却の仕組み。
 夏の昼間における電力消費量の需要増加は【東京電力管轄内の最大電力需要の推移をグラフ化してみる(追補版)】などで伝えている通りだが、この電力需要増加に対応するため、缶・PET清涼飲料自販機においては、

7~9月の3か月間の平日が対象期日
  (需要ピーク月、休日は工場などが休みのための電力需要は減る)
電力需要の少ない午前中から午後1時まで商品を強めに冷やす
電力需要の多い午後1時~午後4時は冷却機の運転を停止する
停止時間の際に使う電力は、紙幣や硬貨の識別に使う電力と待機電力のみで、1台あたり17W
  (従来電力消費量の9割減)(比較例:棒形の蛍光灯が20W~40W)

という仕組みが組み込まれており、夏季における電力浪費の懸念はほとんど無いとされている。
 また、この機能(ピークカット機能)は自動販売機に内蔵されるマイコン(ICチップなど)でカレンダー制御されており、出荷時設定となっている。
 また、屋外などに設置されたあと、この機能を解除することは出来ない。

 他にも【飲料販売機な・る・ほ・どBOOK!(PDF)】や【TEPCOの紹介ページ】、【高度情報科学技術研究機構に収録されている論文「自動販売機の現状とエネルギー対策」】によれば、

商品自体を蓄熱材として活用し、コストやスペースの問題を解決(蓄熱槽を使わない)
断熱材(硬質発泡ウレタン、真空断熱材)を強化して放熱ロスを低減
自販機内部の断熱材で仕切られた部屋に1台ずつ冷却ユニットを設置し、冷却効率を上げている

などの機能改善を推し進め、現在の消費電力減少分につながっているとのこと。

 今件リリースは冒頭に
 「夏場には相当の電力が不足することが予測され、自販機の稼動を停止すべきとのご指摘も受けております」
という記述があるように、さる政治家からの
 「自動販売機(の配置、電力利用)を節電のために見直すべき」
との発言があったことなど、一部方面からの意見に対する回答とも受け取れる。
 つまり
 「自動販売機が無駄に電力を使っているようなイメージがあるが、
 ピーク時対応策はすでに15年以上前から進めており、今では全部対応済みですからご安心を」
との意味合いを持つものと考えられる。
 分かりやすい表現なら「こんなこともあろうかと」というあたりだろう。

  先の東日本大地震の際には、多くの自動販売機が
 「災害時情報発信自販機」や
 「災害時無償提供自販機
としての役割を果たしている。
 見た目だけでなく、実情までを把握した上で、判断を下したいものだ。

  ちなみに【2009年末自販機普及台数及び年間自販金額】によると日本国内の自販機数は約520万台。 
 上記グラフやデータから逆算するに1台あたりの平均電力需要は約170W。
 通常時の電力需要は約90万kW・
 ピーク時は約9万kWにまで減少する
ことになる(もちろんこれは「全国の」自販機における値)。




 「分かりやすい表現なら「こんなこともあろうかと」というあたりだろう。」
というセリフがあります。
 これ確か、「はやぶさ」で使われていたセリフですよね。
 はやぶさはこの「こんなこともあろうかと」というセリフを幾度となく繰り返しながら地球に戻ってきて、クーメラ砂漠の空で、見事な花火をなって消えていった。
 福島第一原発では「こんなこともあろうかと」がどうもことごとく、裏目に出ているようである。

 でも、自動販売機というのは進んでいるのですね。
 勉強させてもらいました。
 まさか
 「災害時情報発信自販機」や
 「災害時無償提供自販機
になっているとは、知りませんでした。




== 東日本大震災 == 



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水棺 & 外付け熱交換機

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● 「水棺」方式



● 「外付け熱交換機」方式



 原子炉をどうしたらいいかで、いろいろな方式が検討されている。

 まずは「水棺」方式。


東京新聞 2011年4月8日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011040802000039.html

福島第一原発 「水棺」冷却を検討

写真

 福島第一原子力発電所の事故で、政府と東京電力の事故対策統合本部が、核燃料棒が入った圧力容器とその外側の格納容器の内部を水で満たすことで、原子炉を継続的に冷却する「水棺(すいかん)」を検討していることが七日、分かった。
 水棺は原発事故の処理方法として研究されているが、実際に行われれば世界で初めてとなる。

 政府と東電の関係者によると、福島第一原発では大量の高濃度汚染水が建屋内などにたまり、復旧作業が難航している。
 対策本部は水を循環させて海水との熱交換で水を冷やす「残留熱除去系」の復旧を目指しているが難航している。
 仮に復旧しても、海水を大量に注入したことで冷却機能が落ちている恐れもあり、水棺による冷却案が浮上した。

 水棺では、圧力容器と格納容器をともに燃料棒の高さ付近まで水で満たし、高い熱を持つ燃料棒を冷やす。
 燃料棒が破損して放射性物質が漏れるのを抑える狙いもある。
 熱で蒸発する水は外部から注入。
 燃料棒が冷めて取り出せるようになるまで、少なくとも数年は続けるとみられる。

 同本部は、現在1~3号機で進めている格納容器への窒素の注入が終わった後で、1号機から作業に入ることを検討している。

 格納容器は厚いコンクリートで囲われており、水を満たしても一般に強度の問題はないが、地震などで損傷していないことが条件。
 2号機は格納容器の圧力抑制室に損傷の疑いがあり、汚染水が外部に漏れ続ける恐れがあるため事前チェックが必要となる。
 水棺は、米国でも冷却水を喪失した重大事故時に取り得る手段として研究されている。
 福島第一原発の事故に関しても、米原子力規制委員会(NRC)が水棺に言及。
 「水の重さと格納容器の耐震性に留意すべきだ」と助言している。

 1986年に原発史上最悪の事故を起こした旧ソ連のチェルノブイリ原発は格納容器がなく、放射性物質を閉じこめるため全体をコンクリートで覆う「石棺」が行われた。



 あるいは、「外付け熱交換機」方式。


佐賀ニュース 2011年04月05日
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.1865228.article.html

上原元佐賀大学長 原子炉冷却方法を国に提案

 放射性物質漏れを起こしている福島第1原発の原子炉の冷却方法について、元佐賀大学学長で海洋温度差発電研究者の上原春男氏(71)=佐賀市=が、外付けの新たなシステムを設けて冷却する方法を政府に提案した。



 福島原発の復水器設計に携わった経験から政府の要請を受け、事故発生直後から協議してきた。
 放射性物質の影響をできるだけ避けるために原子炉から離れた場所に熱交換器を設置し、海水を使って冷やす構想。
 伊万里市のメーカーで熱交換器1基が待機状態に入っている。

 提案した冷却システムは、新たに熱交換器を設置し、原子炉内に新たな冷却用配管を延ばしポンプで循環させる。
 熱交換器内には別ルートで冷却用の海水を循環させて冷やす。
 原子炉から来た水と海水は混ざらない仕組みで、海水は海に戻すことができる。

 外部からの注水や既存のシステムを使った冷却では、放射性物質を含んだ汚染水が漏れだすなどの問題が起きている。
 「漏れた経路や破損箇所の特定は難しく、復旧にも時間がかかる」
とし、現システムの修復より新規構築が利点があるとする。
 実現までには
(1)東電や原子力安全・保安院などが計画を了承するか
(2)冷却水を循環させる配管を原子炉のどの部分と、どう接続するか-
などの課題がある。
 東電から原子炉の設計図など詳細な情報提示がなく、詰める点も残っていると話す。

 上原氏はエネルギー工学が専門。
 海洋温度差発電研究のほか、発電の過程で生じた蒸気を冷却して水に戻す「復水器」(凝縮器)の専門家でもある。
 震災発生直後から政府筋に助言を求められ、3月16日と4月3日には、政府と東京電力でつくる事故対策統合連絡本部(東電本店)で直接、冷却対策を提案した。

 既に海洋温度差発電メーカー「ゼネシス」の伊万里工場では、冷却能力が高い「全溶接型プレート式熱交換器」1基が現地輸送に向けて待機状態に入っている。
 上原氏は
 「1基でも設置できれば、海洋汚染の度合いは軽減でき、原子炉を安定的に冷却する仕組みづくりの足がかりにもなる」
という。
 1~3号機への設置を想定して、政府から要請があれば、追加生産に入る緊急態勢も取っている。



にこにこニュース 2011年4月7日‎
http://news.nicovideo.jp/watch/nw50055

枝野長官、原発事故に対する設計者・上原春男氏の提案に言及

 枝野幸男内閣官房長官は2011年4月7日の会見で、福島第1原発3号機の設計者・上原春男氏が4日、政府に「外付け熱交換機による原子炉冷却」に関する提案をしたことについて、
 「提案があるということは承知している。あらゆる実現可能な手段について、前例にとらわれず取り入れられるものは取り入れるよう、指示を出している」
と答えた。

 上原氏は福島第1原発3号機の設計者であり、プレート式冷却装置の開発者でもある。
 政府の要請に応じ、原子炉建屋の外に熱交換機を設け、原子炉格納容器内を冷却するシステムを提案しており、6日に開かれた自由報道協会主催の共同インタビューでは、ニコニコ動画の七尾功記者がその詳細について聞いた。

 七尾記者から、
 「国外でも汚染水の排出と原子炉冷却が大きな課題となっていますが、上原春男氏が提案されている全溶接型プレート式熱交換器ですと、外付けで放射性物質の影響をさほど受けずに作業ができ、汚染水を発生させずに原子炉を冷却できるとされています。
 長官、政府の求めに応じて4日に上原氏はこの提案をしたということですが、一刻を争うなか、現在どのような進捗となっているでしょうか」
と問われると、枝野長官は
 「冷却をするための具体的、技術的な話については経済産業省、保安院、あるいは統合本部のほうにお尋ねいただければ」
とした上で、
 「今のようなご提言、ご提案があるということは承知しておりますし、そのことも含めあらゆる実現可能な手段について、前例にとらわれず取り入れられるものは取り入れられるようにという指示を出しているところです」
と語った。

 また、七尾記者の
 「ひとつのアイディアで事態が大きく好転することはあると思います。
 それでは特に大きな設備の採用後のお話でいいますと、採用した理由や経緯などについて、国内外に向けて情報の透明化を行うお考えはあるでしょうか」
という質問に対しては、
 「それは必要なことだろうと思いますので、原子力災害対策の統合本部のほうに具体的なオペレーション、なぜそれを選択して他のオペレーションを選択しなかったのか、その都度、あるいはお尋ねがあればしっかりと説明するように指示を出したい」
 と、答えた。




== 東日本大震災 == 



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「頑張れ」と言われても…

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● 売り切れでカラになった東京都心にある量販店のカップ麺陳列棚
 =11年3月14日



産経ニュース 2011.4.9 19:34
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110409/dst11040919360059-n1.htm

【喪失 大震災から1カ月】

 戦後65年間で最大の国難をもたらした東日本大震災。
 1カ月という時間を経て、われわれは今、どんな場所に立っているのだろうか。
 発生から1週間に続き、考えてみたい。

<<写真(上)>>

【上】 首都圏パニックは何だったのか 疑心暗鬼が「危機」起こす

 揺れが収まるのとほぼ同時に爆発音があった。
 千葉県市原市の金融機関に勤める桑折雅彦さん(27)は職場の外へ出ると、数キロ先にあるコスモ石油の巨大な液化石油ガスタンクが炎上し、爆風が全身を覆った。
 空へと燃え上がる黒煙…。
 あの瞬間、「何か大変なことが起きた」と悟った。

 数日後、妻(27)と千葉市の自宅からスーパーへ走った。
 レジには行列ができていた。
 2リットル入り飲料水6箱(24本)、カセットコンロ用ボンベ15本、菓子パン10個、カップ麺5、6個を30分並んで買った。

 「棚から持ち去られていく様子を見ていると、保存できるものは何でも買っておかなければという気になった。
 モノを少しでも手元に置いておきたかった」

 東日本大震災後、被災地から数百キロ離れた首都圏で起きた食料品や日用品の買いだめ。
 ガソリンスタンドでも行列ができた。

 消費者庁によると、関東圏向けのガソリンと軽油はすでに、3月21日から平年並みの出荷量へ戻っている。
 飲料水は放射性物質(放射能)の影響で依然として平時の8倍の需要があり品不足が続くものの、食料品は納豆やヨーグルトなど加工工場の被災や計画停電のため減産が続く食品を除き平常に戻りつつある。

 桑折さん宅の冷蔵庫わきには、ペットボトルや保存食が山積みになっていた。

 「妻と『正直、むだに買いすぎたかもしれない』と話すことはある。
 あれは一体何だったのだろうと思うこともある。われを失っていたのかもしれません」

■供給増も追いつかず

 首都圏の大手スーパーが震災5日後の3月16日、食料品と日用品30品目について需要と供給の状況を調べた。
 飲料水の需要は平時の31倍に上り、パスタは27倍、カップ麺は14倍、米は10倍。
 日用品ではボンベが30倍、乾電池が16倍だった。

 一方で、供給も飲料水が2・5倍、パスタが3・6倍、カップ麺が2・7倍、米が2倍など大半が平時を上回った。
 もし、あのとき消費者が冷静に行動していれば、品不足が起きることはなかったといえる。

 新潟青陵大学の碓井真史教授(51)=社会心理学=は
 「互いの疑心暗鬼から買いだめといった行動を取ってしまう。
 スーパーへ行くと品薄になるのではないかと感じ、さらに報道などの情報で裏づけられると、行動が行動を呼んでしまう。
 特に首都圏は人口が多いため、一部が動くと連鎖が起きやすい」
とし、こう続けた。

 「そもそも、モノが作れなくなったわけではなく、わが国は生産力も備蓄もある。
 本当の危機ではないのに危機を起こしている」

 同じ大手スーパーが今月4日に再び調査したところ、買いだめが一巡したため、米とカップめんの需要は震災前の3割減、2割減に落ち込んでいた。
 トイレットペーパーとティッシュペーパーも1割減だった。

■ベランダへ戻る洗濯物

 洗濯物がベランダの物干しざおに翻っていた。
 東京都中野区の高台にある一戸建てで暮らす主婦(36)は震災後、放射能から自衛するため洗濯物を屋内で干し、外出時は帽子とマスクを身につけていたが、3週間でやめた。

 主婦は
 「あのときは新聞やテレビ、ブログ、ツイッター、ママ友の話…とさまざまな情報があふれ、何を信じていいのか分からなくなっていた」
と振り返る。

 東海道新幹線は当時、放射能を恐れ西へ自主避難する母子で「疎開列車」と化したが、小学校や幼稚園の新学期をきっかけに多くが首都圏へ戻りつつある。

 むろん東京電力福島第一原発の事故はいまなお危機的な状況が続いている。
 妻(29)と生後8カ月の長男が滋賀県の妻の実家へ避難する都内の会社員、内野太郎さん(32)は
 「目に見えない不安がある。子供のことを考えると危険は避けたい」
と話す。

 東京女子大学の広瀬弘忠元教授(68)=災害・リスク心理学=は
 「買いだめにせよ放射能からの避難にせよ、政府が『冷静な行動を』と呼びかけたことが意図とは逆に集団心理をあおった。
 こうした際に倫理的な呼びかけは逆効果なだけで、政府は買いだめや避難をしなくても大丈夫であることを裏づけるきちんとしたデータを示し、論理的に人々を安心させることが重要だった」
と指摘する。




産経ニュース 2011.4.9 19:01
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110410/dst11041019020037-n1.htm

【喪失 大震災から1カ月】

【中】 被災地でなくてもストレス 「頑張れ」と言われても…

 実際に被災したわけではないのに、気持ちが沈む。
 埼玉県の主婦、中村滋子さん(32)は東日本大震災以降、やり場のない抑鬱感を抱えて暮らしていた。

 「震災後、牛乳や紙おむつがなくなり始めて焦り、計画停電のためどうやって生活をやりくりしようかと悩み、原発事故で当たり前に思っていた空気や水への安心感が揺らいだ」

 4歳と2歳、4カ月の3人の男児を育て、買いだめする人であふれるスーパーの行列にも並べなかった。
 夫(29)は食品工場に勤めており、計画停電のある日は生産ラインが止まるため休業になった。

 中村さんは
 「家族の生活リズムも変わってしまったが、子供たちには不安な思いをさせたくないので平静を装った。
 それがまたストレスになった」
と話す。

 「ロビンソン」など数々のヒット曲で知られるバンド「スピッツ」は、ボーカルの草野マサムネさん(43)が3月17日に「急性ストレス障害」と診断され、4公演を見送った。

 所属事務所は
 「体験したことのない大きな揺れや続く余震、想像を絶する被害、悲惨すぎる現実が連日報道され、また原発事故の深刻な状況などを感じ、目の当たりにし続けることで過度のストレスが急激に襲いかかった」
と説明する。

■門灯消えた住宅街

 東京都内の企業で産業医を務める浜口伝博医師(52)=産業保健=によると、震災後、
 「被災地の映像が頭をよぎる」
と訴え、血圧の上昇や微熱が続く患者が後を絶たないという。

 浜口医師は
 「あれだけの映像を見続ければ衝撃を感じるのは当たり前だ。
 被災地に知人がいなくても、日本人であれば身近に思い、つらく感じる」
と話す。

 計画停電で街の明かりが消えていることも抑鬱感を引き起こす要因になる。
 浜口医師は
 「北欧は冬の日照時間が短く『冬季鬱』になりやすい。
 東京の薄暗い地下鉄の構内や、門灯がすべて消えた住宅街を歩けば気がめいる。
 被災者のために何かをしたいのに何もできないという無力感も後押しする」
とし、こう述べた。

 「何もしないとどんどん落ち込むので、やはり体を動かすのがいい。
 そのためにはしっかり寝ること、食べることが重要になる」

 スピッツの草野さんは快方へ向かっており、13日から公演を再開するという。

■ふんどし一丁から

 《みんなで頑張れば絶対に乗り越えられる。日本の力を、信じてる》

 民放テレビで震災報道の合間に繰り返し放送されているACジャパン(旧公共広告機構)のCM。
 歌手のトータス松本さん(44)が呼びかけ続ける。

 事務局によると、視聴者からは「元気が出た」「勇気づけられた」という反響の一方、「同じメッセージが繰り返され、気がめいる」「耳鳴りのように残る」といった制作意図とは異なる声も寄せられているという。
 被災地で「頑張れ」と声高に叫んでも、「こんなに頑張っているのに…」といった反応を示す被災者も少なくない。

 フランス文学者で筑波大学の竹本忠雄名誉教授(78)は
 「大震災の被害そのものはいかに甚大、悲惨であろうとも日本人の忍耐と英知によって必ず克服されるだろう。
 外国の援助もあるだろう。
 だが、精神の立ち直りはわれわれ自身によってしかできない」
とし、65年前の国難であった敗戦後の体験を話した。

 「東京の下町は大空襲で焼け野原となった。
 みんなで神社を再建し祭りを行った。
 着る物もなくふんどし一丁の男たちが境内に勢ぞろいし、戦災孤児たちと黒山の人垣を作って気勢を上げた。
 戦後の復興は紛れもなくあそこから始まった」

 そのときの色あせた写真は、現在も社殿に誇らかに飾られているという。





== 東日本大震災 == 



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不思議の国ニッポン、暗黙知

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● 産経フォト より


 
 なんで、ここで「アサヒスーパードライ」が出てくるのだろうか、と思ったら読んでみてください。


朝鮮日報  2011/04/10 12:01:55
http://www.chosunonline.com/news/20110410000023

【コラム】アサヒスーパードライが韓国で半額になったら

 スーパーでいつも不思議に思う商品はアサヒビールだ。
 ロッテマートで販売されている「アサヒスーパードライ」の350ミリ缶の価格は2650ウォン(約 209円)。
 一方、同じ容量の韓国製のビールは1210ウォン(約95円)で販売されている。
 不思議に思うのは、中間層が客の大半を占めるスーパーで、これほどまでに価格の差があるにもかかわらず、スーパードライが売れているという事実だ。
 昨年、韓国ではスーパードライの350ミリ缶の売り上げが2400 万本に達した。
 これはスーパーでの売り上げが大幅に伸びたことによるものだ。

 「日本のビールはおいしい」という評価は韓国で特に根強い。
 これは「韓国のビールはまずい」という評価の裏返しとなっている
 。昨年、アサヒビールの荻田伍会長にインタビューした際、こうした評価について尋ねた。
 これに対し荻田会長は「原材料や製造設備には差はないと思う」と答えた。
 韓国ではよく
 「日本のビールがおいしいのは、麦芽の含有量が多いためだ」
といわれているが、実際のところ、スーパードライは麦芽の含有量を減らすことによって大ヒットした商品だ。
 麦芽100%をうたい、半値で販売される韓国製ビールを横目に、年間2400万本も売れるのだから、麦芽のせいでないことは明らかだ。

 荻田会長は
 「ビールは酵母、麦芽、熟成、温度管理、ホップの投入といったさまざまな技術的要素が組み合わさってできた製品だ。
 製造工程における技術面でのちょっとした違いが、微妙な味の差を生んでいるのかもしれない」
と語った。
 だが、荻田会長も味の違いがどのようなものなのかを指摘することはできなかった。
 これは、経済学者の野中郁次郎・一橋大名誉教授の言葉を借りれば
 「暗黙知(言葉で表現するのが難しい主観・直観的な現場の知識)」
といえるだろう。
 2008年にインタビューを行った際、野中教授は
 「暗黙知」が日本の産業にとって最大の強みだ、
と指摘した。

  韓国のビールは、原材料や製造設備という面で、日本の
 「形式知(文章や図表・数式などによって説明・表現できる知識)」
を受け入れることはできたが、暗黙知はまだ理解できていないというわけだ。
 その違いはたとえ小さな違いでも、2倍の価格にもかかわらず売れる商品を作ったという結果を考えれば、決して侮れないものだ。

 日本の産業の力は、このように言葉では表現できない要素によるところが大きい。
 日本車に3年乗っている知人に
 「韓国車よりどんな点で優れているか」
と尋ねたところ、返ってきた答えは
 「長い間乗っていれば分かる」
というものだった。
 あいまいな答えだが、強い確信を持っているように感じられた。
 テレビの完成品から二次電池(充電式電池)に至るまで、韓国の産業が日本に追い付き、追い越す過程は、海のように深い日本の暗黙知を一つ一つ理解していく課程だったのかもしれない。
 世界の経済専門家たちが日本の将来について楽観視しているのも、大地震や津波で未曽有の被害を受けたにもかかわらず、人間や組織の暗黙知は死ななかったという理由なのかもしれない。

 韓国が経済のあらゆる分野で日本にとって最大のライバルとして認められたのは、ここ3年ほどのことだ。
 これは、1ドル=120円の為替レートが70円台に跳ね上がるという「超円高」時代の到来と重なる。
 この時期、日本経済は苦戦を強いられ、日本企業が行ってきた血のにじむような合理化の努力も実を結ぶことはなかった。
 現場の暗黙知を総動員し、強い体制づくりを目指してきた日本企業は今、世界市場で十分に競争できる為替レートの水準を
 「1ドル=85-90円」
程度に設定している。

 東日本大震災をきっかけに、世界の為替市場で円安が進行している。
 一方、韓国はウォン高が進行中だ。
 しかし、大震災による混乱を収拾し、為替レートというベールを脱いだ瞬間
 強くなった日本企業はモンスターのように韓国の前に立ちはだかる
ことだろう。
 為替レートが3年前の水準に戻っても、
 韓国は日本のライバルとして接してもらえるだろうか
 この問いは、アサヒスーパードライの価格が現在の半分になっても、韓国のビールがライバルになり得るか、という問いにも通じる。
 今は韓国の実力や適正なレートについての冷静な分析が必要な時期だ。


 「日本は無能」と、韓国の首相に蔑視されたは2,3日前のことだが。
 それに反して、この記事なんだか脇の下から冷や汗がしたたり落ちてくるような内容である。

 その一方で、「日本は無能」を「心の中に色濃く漂う生への虚無主義的態度」で説明しようとする記事もある。
 そしてそれは「社会体制に失望した現在の日本人の怒りを眠らせている」となる。
 日本人は現在の社会体制に失望しており、
 その怒りすらも表現できない「無能な民族」
というわけである。
 どちらにも解釈できるということは、やはり「不思議の国、ニッポン」である。


朝鮮日報 記事入力 : 2011/04/10 10:33:56
http://www.chosunonline.com/news/20110410000017

忍耐強い日本を読み解くキーワードとは

 日本人は、特有の忍耐と克己、冷静さと落ち着きで危機を乗り越え、困難なときほど助け合い、他人に配慮するという国民性を発揮している。
 列島は揺らいだが、日本人は揺らがなかった。
 AP通信は
 「大混乱の中でも略奪や盗みはほとんどなく、腹を立てたり不親切だったりする日本人が見られないことに、西洋の記者が驚いている」
と報じた。(3月17日付本紙既報)

 大地震に遭遇した日本人が示した、冷静かつ控え目な対応スタイルが、全世界の関心を集めている。
 災害に対処する日本人の心理状態が気になるなら、日本の社会心理学者・南博(1914-2001)が書いた『日本人の心理』(ソファ社)を読んでみることを勧める。
 敗戦後の日本社会と日本人を冷静かつ客観的な目で見詰めるために書かれたこの本は、1953年に初版が出て以来かなりたつが、今でもルース・ベネディクト(1887-1948)の『菊と刀』(1946)と並び、権威ある日本人分析書に挙げられる。

 日本人が、いかなる不幸に見舞われようともうろたえたり悲嘆したりしないのは、その心の中に
 色濃く漂う生への虚無主義的態度
で説明される。
 日本人は昔から、歌や文学作品などを通じ
 「現世を無常と認識し、軽く眺めることが重要」
教え込まれてきた。
 人生への無常観は、日本の支配者たちにとって、民衆の不平不満を「眠らせる」効率的な統治原理だった。
 江戸時代の武士や第2次世界大戦中の神風特攻隊に、命を野の草と同じように感じさせたこの「無常観」は、今日の日本人の中にも、
 不幸に対し消極的態度を取る心理的免疫法
という形で残っている。

 日本人にとって、不幸に処するとき最も容易な「悟り」は、何も言わず、ひたすら耐えることだ。
 日本人が「無限に耐える」ことができるのは、昔から支配者たちが下々に「問答無用」を強調し、
 忍耐と服従が最高の美徳
だと説教してきたからだ。
 江戸中期の禅僧・白隠(1685-1768)の梵讃(ぼんさん=仏・菩薩〈ぼさつ〉をたたえるサンスクリット語による詩句)にも
 「この世は忍耐の世であって、とにかく思い通りになるものではない
という一文がある。
 何をさせても「はい」と言って服従する習慣を培っていけば、やがて「忍耐」という習性が生まれ、心は安らかに、気立ては穏やかになるというわけだ。
 南は
 「絶対服従の結果であるこうした諦念は、何か理由があってのものではなく、無条件な諦念あるいは無気力といえる」
と指摘した。

 日本人は不幸に見舞われたとき、不幸な立場にあるのは自分だけではない、あるいはほかの人はもっと不幸な立場にあると考えて自分を慰める。
 江戸時代の儒学者・貝原益軒(1630-1714)はこうした行為を重要な心の修養法と考え、大いに勧めた。
 江戸時代、商人の間では
 「上を見れば何かを望んでばかりの身になるが、自分ほどは恵まれない人もいる」
という意味の歌が流行した。
 もちろん、こうした「無常観」が、
 社会体制に失望した現在の日本人の怒り
をどの程度「眠らせて」いるのかは未知数だ。

 南博の著作で日本人の心の中をのぞいてみた読者なら、米国の日本文化研究家ポール・バーリーの『日本文化史』(キョンダン社)=原題『Japanese Culture』=で日本文化全般に目を通すのも、日本を幅広く理解するのに役立つだろう。
 1973年に初版が出て以来、改訂・増補を繰り返し、西欧の多くの大学で日本文化講義の教材として採択されている定番だ。
 先史時代の日本人の起源から、現代作家・吉本ばななの文学世界まで、日本文化の変遷を年代記的に記述し、茶道・庭園・文学・音楽・美術・演劇・映画などを網羅している。
 「日本は、前近代時代には中国から、近代には西洋から、豊富な文化的借用を行い、常に外国から借用したものを自分たちの嗜好(しこう)と目的に合うよう応用してきた」
というのが、著者の主張。
 政治史と文化史を結び付けて平易に説明しているのが強みだが、日本文化と中国文化の関連性に言及しながらも、韓半島(朝鮮半島)との関連性を無視したり縮小・看過したりしているところに限界がある。


 さてこの、暗黙知と虚無心
 あるいは言葉で表現しえない何か
とは明日の日本を甦らせる心理的原動力になりうるのか





== 東日本大震災 == 



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想定をはるかに超えた津波

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● ANNニュース から



 人は、自然の猛威に立ち向かうことはできるのか。
 というのは、愚問。
 人が自然を克服できるなどと思うのは思い上がりというもの。
 それを今度の津波は教えてくれた。
 人間それ自身が自然の一部なら、自然を超えるなどということは無理。
 つまり、自然というお釈迦様の手の平で生かしてもらっているのが人間という哀れな動物だということだろう。  


CNNニュース 2011.04.10 Sun posted at: 10:15 JST
http://www.cnn.co.jp/world/30002402.html

福島第一原発を襲った津波の動画公開 高さ14~15M

 東京(CNN) 東日本大震災で福島第一原子力発電所を襲った津波の様子をとらえた動画が9日、公開された。
 東京電力の調査によると、津波の高さは14~15メートルに達したとみられる。

 動画は長さ6秒。
 津波ががけにぶつかり、原発の建屋に襲いかかる様子が記録されている。
 東電によると、原発から900メートル南側の高台に避難していた作業員が撮影した。

 東電はさらに、窓ガラスが割れて書類が散乱し、天井パネルが崩落した事務棟内の画像なども公開した。

 福島第一原発は津波による浸水で非常用発電機や冷却用海水ポンプが停止し、原子炉の核燃料などを冷やす機能を失った。

 また7日深夜の余震では、東北電力東通原発で非常用発電機が故障。これを受けて経済産業省原子力安全・保安院は9日、原発の非常用ディーゼル発電機に関する保安規定を変更し、常時2台以上確保するよう各電力会社に指示した。

 7日の余震後、福島第一原発の作業員は一時退避したが、約8時間後に復旧作業を再開。
 2号機では高濃度の放射性汚染水を集中廃棄物処理施設などに移すための準備が進められた。
 1号機では水素爆発を防ぐため、格納容器に窒素を注入する作業が続いている。


 その詳しい映像はANNニュースのビデオで。


ANNニュース 2011/04/10 05:50
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/210410001.html

【原発】高さ15m 巨大津波が原発襲った瞬間

<<映像>>
http://www.youtube.com/user/ANNnewsCH

 東日本大震災から11日で1カ月です。
 東京電力は、高さ15メートルの巨大な津波が福島第一原発を襲った瞬間の映像を公開しました。

video

video



 「津波」という言葉。
 先日、ブリスベンで洪水が起こった。
 いわゆる日本でいう鉄砲水が駆け下り、川から溢れた濁流が、川際の駐車場にとめてあった車を川下に流し去った。
 オーストラリアンはこれを「Tsunami:ツナミ」と表現した。
 日本人の表現では、津波は海から押し寄せて来るものであるが。


朝鮮日報 2011/04/08 09:40:53
http://www.chosunonline.com/news/20110408000020

【萬物相】韓半島と津波

 地球の表面は、厚さが平均100キロほどのリソスフェア(岩石圏)で覆われており、その下に流動性を持つアセノスフェア(岩流圏)がある。堅い表面はプレートと呼ばれる十数枚の大小の岩盤に分かれ、互いにかみ合った状態でアセノスフェアの上を漂っている。
 プレートは互いに押し上げ合い、ヒマラヤ山脈のような高い峰を作ることもあれば、衝突したり一方のプレートの下に沈み込んだりして、地震や火山噴火のような災害を引き起こすこともある。

 海洋プレートが揺れ動くと、海水が上下に動く。
 その波動は、池に石を投げ込んだときのように、同心円を描きながら広がっていく。
 波長(波の山から次の波の山までの長さ)が数十キロに達するうねりで、波の高さも1-2 メートルほどにしかならず、海中では感じることさえ難しい。
 だが、そのうねりが海岸に達するとき、波長が短くなり波の高さが増し、巨大な津波に変わる。

 「津波」という日本語は、1963年に国際公用語となった。

 津波の速度は海の深さに比例する。
 平均水深が4.2キロの太平洋では秒速204メートル、時速737キロで進む。
 そうはいっても、秒速3-6キロで伝わる地震波に比べ遅い。
 地震波の観測さえきちんと行えば、津波の予測と避難は可能ということだ。

 韓国の国立防災研究所がシミュレーションしたところ、秋田県西側の活断層地域でマグニチュード(M)8.0の大地震が発生した場合、津波は1時間36分で江原道の束草海水浴場に到達するという結果が出た。
 海岸から陸地へ50メートルの範囲で、0.8メートルの高さで浸水すると予測される。

 南側の三陟港、慶尚北道盈徳郡の河口港には、やや時間を置き、3.27メートルの浸水が予想される巨大津波が襲うと見込まれる。
 実際に、1983 年に秋田県西方でM7.7の地震が発生した際には、津波により韓国東海岸一帯で3人の死者・行方不明者が出た。
 93年の北海道沖での地震(M7.8)では、韓国で船舶35隻が破壊された。

 韓国はユーラシア・プレートの上に載っており、プレートの境目にある日本に比べ地震や津波のリスクが少ないことは事実だ。
 だが、完全に心配ないとはいえない。
 プレートの下の奥深くを震源とする、原因の分からない地震も発生し得る。
 78年に地震観測を始めて以来、韓半島(朝鮮半島)でもM2.0以上の地震が891回発生した。
 地震のモニタリングや観測、警報、避難体系など、防災システム全般に対する徹底した点検と備えが求められる。






== 東日本大震災 == 



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この土地を離れたいか

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● この土地を離れたいか



産経ニュース  2011年04月09日18時36分
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110409/dst11040918380052-n1.htm

移りたい3割超・津波のまちでは4割超  産経アンケート

 死者、行方不明者が合計で2万7千人を超えた東日本大震災は11日で発生から1カ月を迎える。
 産経新聞社は被災地域の復興に詳しい大阪市立大学の宮野道雄副学長の協力を得て岩手県と宮城県の主に津波被害にあった被災者102人にアンケートを実施した。
 回答者の6割以上の自宅が流失か全壊、全体の3割以上が「土地を離れたい」と望んでいることが判明した。
 その理由の大半は「津波の恐怖から逃れたい」だった。

 調査は3月25~30日、岩手県宮古市田老地区と仙台市若林、宮城野両区、宮城県女川町の避難所で、被災者に聞き取りを実施。
 いずれも津波被害地域で、特に田老は過去の教訓から高さ10メートルになる国内屈指の防潮堤を築いたが防潮堤を越えて波が押し寄せ多大な被害が出た。
 田老42人、仙台49人、女川11人の男女102人から回答を得た。

 調査によると、回答者の家屋の被害程度は「全壊」または「津波による流失」が68人(66・7%)で、「半壊」や「一部損壊」、「水損」を含めると96・0%が被害を受けた。
 家族が死亡・行方不明の人は23人(22・5%)だった。

 「将来、この土地を離れ他の土地に住みたいか」という問いに、「離れたい」との回答が全体の32・9%。田老は45・2%で、仙台・女川の23・6%を上回った。
 田老では女性の半数以上の56・5%が高台や市街地への転居を望んだが、男性は33・3%にとどまった。
 年齢別では若い世代ほど、土地から離れたい人の割合が多かった。

 一方、「離れたくない」と答えたのは全体の42・3%。田老で40・5%、仙台・女川では43・6%で、4割程度の人が慣れ親しんだ土地への愛着を示した。

 産経新聞社が平成7年1月の阪神大震災の発生1カ月後で行った避難所アンケートでは、310世帯の88%が「神戸を離れたくない」と回答していた。

 宮野副学長は
 「土地から離れたいという人がこれほど多いのは意外」
と述べ、
 「被災後間もなくの調査で、特に田老は、防潮堤を越えて襲ってきた津波への恐怖が影響している可能性がある」
と分析した。
 阪神との違いについて
 「阪神の場合は、地震動による家屋倒壊が主で東日本大震災の津波被害とは形態が違う。
 津波への恐怖と、住宅や町が跡形もなく流されてしまったことによる絶望感が大きいのではないか。
 調査を参考にして津波被災地の復興する方策について考えていきたい」
としている。


 離れたい人もいるし、離れたくない人もいる。
 これだけの災害だと、半々ということになるだろう。
 
 なかには離れてこちらに来ないか、という勧誘もあるという。
 特に知的な部分に携わる人たちには。


産経ニュース 2011.4.7 22:44
http://sankei.jp.msn.com/science/news/110407/scn11040722460003-n1.htm

震災乗じ「海外移籍話」、東北大研究者らにメール 「研究できない」は風評

 東日本大震災後に、海外の大学や研究機関から東京大や東北大の研究者らにヘッドハンティングを働き掛けるメールが相次いで届いていることが7日、分かった。

 鈴木寛文部科学副大臣が大学関係者から聞いた話として同日の記者会見で明らかにした。
 日本での研究活動に制約があると決めつけた「風評被害」だとして不快感を表明した。

 鈴木副大臣は具体的なメールの数などを明らかにしていないが、東北大などの相当数の優れた研究者らの元に海外から
 「被災で大変で研究活動ができないだろうから、これを機に移ってきたらどうか」
などと「海外移籍」を持ちかける話が相次いでいるという。

 文科省もこれまでに震災を理由に研究者が「海外移籍」した事例などについて把握していないとしているが、こうしたメールは実在する研究機関から出されているという。
 ただ、日本での研究活動が震災で制約を受けたとする前提に立った内容になっており
 「実態とは異なる風評(被害)だ」(鈴木副大臣)
と不快感を表明。
 「正確な情報を発信し、研究施設の復旧に取り組み、正面から対応したい」
と震災に乗じた“日本の頭脳流出”への警戒感を示した。

 東北大は材料科学で学術論文の被引用数が世界3位(1999~2009年、トムソン・ロイター調べ)になるなど、理工系の研究が盛ん。


 大いに結構なことである。
 日本で研究したい人もいるし、海外でやりたい人もいる。
 先般のノーベル賞では、アメリカに永住した日本人に授けられた。
 いろいろあっていい。
 おそらく、日本の原発技術者たちは、今後、日本での原発建設が凍結されれば、海外に流れていく。
 また、災害を避けて工場を海外に移転すれば技術者もそれと一緒に出ていく。
 今の日本は、技術の機関になる部分は国内で作り、労働力を使う外回りを海外で作っている。
 そのため、この災害で海外の自動車・エレクトロニクスの工場がストップしてしまった。
 数年前に、定年退職した技術者が大挙して韓国に雇用され、韓国の技術レベルを一気に引き上げたことがあった。
 日本の知能が優秀なら、世界はほおっておかない。

 日本人は土地に対する執着が強いという。
 昔から土地さえあれば食わしてくれる、という農耕民族の特徴を顕著にもっている。
 一昔まえにあった「農協時代」、これこそその象徴であろう。
 農業人は都会人の3倍から5倍の投票権をもっている。
 一票の格差があるということは、土地がメシを食わせてくれるということである。
 その分、土地に対する執着が強くなるのは当たり前のこと。
 が、しかし日本人が都会化していくことによって、土地執着が希薄になってきた。
 土地執着が希薄化するにつれて、土地神話が育ってきた。
 マイホームをもつことが都会人の一生の仕事であったが、いまでは遠い郊外の住宅地は過疎化しているという。
 あの大阪万博の千里ニュータウンや東京の多摩ニュータウンなどは木枯らしが吹いているとか。
 今後の人口減少化傾向を睨むと、昔のような農耕民族的土地感覚がどこまで維持されるかは難しいことになってくる。

 「故郷は遠くにありて思うもの、そして悲しくうたうもの
 よしや、落ちぶれ異郷の乞食になろうとも、
 帰るところはあるまじや
 ひとり都の夕暮れに、故郷おもいて涙ぐむ」
といった感傷は、だんだん消えていくのであろう。

 日本を離れて外国に住んでいる私がとやかく言える問題ではないのだが。





== 東日本大震災 == 



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